当ブログ内のすべてのテキストや画像等の無断転載を禁止します。
また、管理人はできるだけ正確な情報を記すよう心がけてはおりますが、
中には間違っている部分もあるかもしれませんので、予めご了承ください。

2015年08月28日

京成曳舟下り地上線の記録





ちょうど2年前の今頃に京成曳舟駅付近の上り線が高架化された際にも、当ブログでは地上線最後の記録を掲載しましたが、今回は8月22日に高架化される前に撮影した下り地上線の最終記録を公開したいと思います。

まず管理人としては今回はじめて撮影に挑戦した前面展望動画をご覧ください!

ちょうど高架への切り替えが行われた区間である押上〜八広間の地上線最後の記録となります。

車両は座席に座っていても前面の景色がよく見渡せる京急車両のうち、歌う電車としておなじみの新1000形1032でした。

天気はほぼ快晴で、22日の高架化を知らせるアナウンスも入り、なかなかいい記録を残せたのではないかと思っています。



続いて下り地上線を走行する車両を記録した動画をご覧ください!



最後に下り地上線を記録した画像集をどうぞ!

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というわけで、京成曳舟駅は亡き母が通っていた高校の最寄駅でもあるため、たとえ仮線ではあっても地上線の最後を記録せずにはいられませんでした。

母が毎日のように利用していた頃から長年に渡り電車が地上を走る見慣れた光景が失われてしまったのは寂しい限りです。
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2013年10月25日

京成曳舟野外写真展!?





京成曳舟駅周辺をストリートビューで見た際、高架化工事のために設置された線路際の鉄製覆いに、地下化される前の押上駅付近の様子や、過去の車両など、京成の懐かしい写真が貼られているのを見つけたため、今年の8月、上り線が高架化される直前に現地を訪れた際に撮影してきました。

ストリートビューでは、一部の写真に創立100周年のマークが入っているので、おそらくその記念に展示公開されたものだと思いますが、そのマークは現在ではもちろん外されています。

また、ストリートビューの撮影時期にしても2010年1月とされているので、もうかれこれ4年ほども前から展示されているのは間違いなさそうなものの、電車に乗って通っただけでは気づかず、まだ見たことがない方も多いのではないかと思いますので、そのすべてを公開します!


























大きな地図で見る
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2013年10月11日

京成曳舟駅地上走行シーン





当ブログ8月30日の記事で、京成押上線曳舟駅付近の上り線が高架に切り替わる直前に記録した地上駅等の画像を公開しましたが、その記事内で予告したとおり、今回は地上を走っている車両の走行シーンの動画を公開したいと思います。

残念ながらちょうど風が強い日だったので、そのノイズが強めに入ってしまっていることをあらかじめご了承のうえご覧ください。

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2013年08月30日

京成曳舟駅上り線の記録





今月24日の始発より、京成押上線の八広〜押上間の上りが高架線に切り替えられ、それと同時に京成曳舟駅上りホームも高架となりましたが、その1週間ほど前に地上ホームや線路の様子を記録してきましたので、画像を公開します。

もっとも、それらはあくまでも移設後の仮線および仮ホームであり、どうせなら移設前に撮影しておくべきだったとも思えるところですが、それでも地上時代最後の貴重な記録になったことには変わりないでしょう。

なお、後日あらためて車両走行シーンの動画も公開予定です!

※すべての画像はクリックで拡大します。

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2010年12月15日

京成の複々線区間





京成の青砥〜高砂間はもともと多種多様な車両が走る区間として有名ですが、成田スカイアクセスの開業により趣味的にますます面白味が増したと言えるでしょう。とくに京成本線の3種類の特急とアクセス特急の並走など、特急列車同士が並んで走る光景というのは他の私鉄ではあまり見られるものではないものと思われます。

そのうち、管理人がとある土曜日の夜に同区間を乗車した際の見たままをお話します。当方が乗っていたのは都営線方面からの下り快速芝山千代田行でしたが、青砥で上野方面からの普通ちはら台行と同時に到着しました。しかし、これはダイヤ上は快速が到着する1分前に普通ちはら台行が発車することになっており、そのため当然のことながらその普通列車が先発になったという。たまたま普通列車が遅れていたので接続することになったのか、あるいはいつもこうなのかはわかりませんが、優等列車よりも普通列車が先に発車するというのはある意味“禁断”でもあると思うので、本来ならば接続するべきではありません。
まぁこの普通列車は同じく上野方面からのアクセス特急成田空港行に追われているので快速と接続しようがしまいが青砥駅を直ちに発車しなければならないわけですが、その後やはりアクセス特急が到着して、当方乗車の快速と同時発車で並走し、高砂もほぼ同時到着でした。さらにその状態では高砂を同時発車できないのは明らかなので、優等順位からいっててっきりアクセス特急が先発になるのかと思いきや、快速が先に発車することに・・・
こちらの方はあくまでもダイヤ通りで、先の普通列車が小岩で退避していることもあり、快速を優先的に急がせる必要があるのではないかと思いますが、とにかく京成のダイヤは決して過密とまでは言えないものの、スカイアクセスの開業によりますますいろいろな制約が増えた中で、かなり苦慮している印象を受けた次第です。

最後に特急列車同士ではありませんが、同じ3000形同士の並走シーンをご覧ください。同じ顔をした車両同士が仲良く並んで走っている光景は、なかなか愛らしいものがありますw

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2010年07月22日

7月17日の京成上野駅





成田スカイアクセスの開業以来、管理人はまだ新型スカイライナーやアクセス特急に乗車していませんが、開業日当日に京成上野駅の様子を見てきました。

当方が行った際にはちょうど4線すべてが埋まっている状態で、2番線にスカイライナー、4番線に普通が入線しているのは従来と変わらず、1番線に本線経由の一般特急、3番繊にシティライナーが入っていました。とくに中央の2線に2種類の有料特急が止まっている様は堂々たるもので、もちろん従来の京成ではとても考えられなかった素晴らしい光景だと思いましたが、特急と普通の本数は以前と変わらず、スカイライナーの頻度は増し、さらにシティーライナーが新設されたとあっては、日中でも容量的にかなり厳しそうな印象を受けた次第です。

カメラ2番線にスカイライナー、3番線にシティーライナーが同時入線中の様子
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カメラ1番線に停車中の本線特急成田空港行
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あと本線で上野まで行く際にすれ違うシティライナーの車内を見てみたところ、乗車率がかなり悲惨なことになっている感じでした。まるで回送同然だと言っても構わないほどで、かつて空気輸送で有名だった昭和50年代の初代スカイライナーを見ているような思いがしました。やはり京成本線の輸送量のレベルや、JRとの併走区間以外にさほど大きな都市を持たないことなどを考えると、需要が少ないのもやむを得ない気がします。
しかし、せっかくAE100も残されることになって喜んだのも束の間、早々にシティーライナー廃止ではあまりにも悲しすぎます。遅いわりには特急料金が高すぎるのも大きな問題点かと思われ、もちろん所要時間の短縮は強く望みたいものの、それが無理だとしても料金を下げてもっと乗りやすくするだけでも効果が見込めるのではないかと・・・
たとえば上野と日暮里から成田以遠の特急料金を600円、それ以外の途中区間利用の場合は通勤ライナー並の400円程度に抑え、なおかつ以前にも指摘したように八千代台、あるいは勝田台に停車させればかなり利用しやすくなり、おのずと乗客が増えるはずです。
とにかく通勤ライナーは一般列車が混雑している状態だからこそ利用客が多いわけで、一般特急が混雑していない日中のシティライナーの料金が通勤ライナーより高く車両も劣るのでは、空気輸送同然になるのは当然の結果だと思います。京成側としては料金を下げるとなると採算的に厳しいものがあるのかもわかりませんけど、高いまま誰にも利用されない状態が続くよりは、値下げして利用客が増えるほうが遥かにマシというものでしょう。
というわけで、決して廃止なんてことにならないことを願いつつ、今後のシティーライナーの健闘に強く期待したいものです。

カメラシティーライナーの幕はピンク地に白文字
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カメラ最後に新型スカイライナーの側面の画像をどうぞ!
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2009年12月31日

京成津田沼踏切の記憶





京成津田沼駅のホームのすぐ脇にある踏切は昔から「開かずの踏切」として有名ですが、以前は踏切警手が操作している手動式の踏切でした。

その当時、管理人が目撃したかなり印象深い出来事は、上野方から2100形4連普通が接近してきているにもかかわらず、警手がボンヤリしていたのか踏切が開いたままで、運転手が警笛をけたたましく鳴らしたことで警手があわてて踏切を遮断し、最徐行運転をしてきた2100形がようやく踏切を通過できたことです。この電車は駅に到着する直前ということもあってスピードがあまり出ておらず、なおかつ運転手が事前に踏切を通行するクルマや歩行者に気づいたため幸いにして大事には至りませんでしたが、やはり手動式だった頃の総武線幕張の踏切では同様のケースで列車の速度がかなり出ていることもあり死者を出す悲惨な事故が起きたこともありました。

あと京成津田沼の踏切で目撃した出来事をもうひとつ。
踏切の警報機が鳴り始めたにもかかわらず、強引に突入したクルマがあったのですが、踏切を渡り終えた先で京成の制服を着た乗務員と思われる人物がそのクルマの前に立ちはだかり、停止させた上で自分の手帳にクルマのナンバーをメモってたことがありました。今の乗務員がそんなことをするとはとても考えられないと思いますが、昔の京成乗務員はパンチパーマも多くてマジ怖かったですゾ〜(;゚д゚)

それでは、現在のその「開かずの踏切」の様子をようつべ動画でご覧ください!



なお、今回が2009年最後の記事となります。
今年1年ご覧いただきありがとうございました。
来年も当ブログをよろしくお願いいたしますm(_ _)m
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2009年12月03日

京成100形の記憶





京成100形は京成旧型車の中でも比較的早期に全車両が新京成へ譲渡されたこともあり、管理人は世代的に京成線内で100形に乗車した記憶はまったくありません。従って乗車したのは言うまでもなく新京成への譲渡後ということになりますが、そのうち全金属製の更新車についてはいつも何気なく乗っていたためか記憶が薄いというのが正直なところです。
ただ、100形更新車の最大の特徴といえる左右非対称配置による車内の異様な雰囲気、新京成での特別修繕を受ける前は運転台部分のみが窓も何もない壁で覆われ、車掌台側はごく簡単なパイプ仕切りのみだったこと、16メートル車ということで車内がせせこましい印象で、なおかつ車輪の発するジョイント音のリズムが200形などの17メートル車とも微妙に異なっていたことなどは覚えています。また、外観上は2000形更新車とともに当時の営団地下鉄丸の内線の車両にヒントを得た側面ベンチレーターが採用され、屋根上がのっぺらぼうなのがきわめて特徴的でした。

カメラ新津田沼駅で旧塗色時代の8000形1次車と並ぶ100形124(昭和54年ごろ)
o091203-01.jpgクリックで拡大!

一方、京成における初期の更新車4両は半鋼製車体のままとされ、そのうちの1両が100形全金車や他系列の中間に挟まれてたりすると一見して古臭い車両だと感じられたものですが、この半鋼製車に乗ったときの印象は比較的鮮明に覚えています。何といっても床が木製でまるでバスのようだったことがもっとも印象深く、シートはその後の赤電などに比べると硬めで、座面が若干高めだった記憶があります。また、吊り掛け駆動の旧型車ながら非常に軽快な走りっぷりで、ジョイント音もかなり耳に心地いいものでした。

なお、この半鋼製車体の更新車のうち104号は唯一シルヘッダー付でとくに古臭い形態をしており、京成時代に三度も焼損災害に遭遇しては復旧を繰り返したという、京成の歴史を語る上でも重要な車両だっただけに、昭和54年に他の半鋼製車3両とともにあっさりと廃車解体されてしまい、保存されなかったのは今でもとても悔やまれるところです。しかし、全金属製更新車の方は新京成での延命工事のおかげもあって昭和62年まで活躍することができ、大正15年から60年以上に渡り走り続けた功績は見事だったというほかありません。また、かろうじて1台の台車が廃棄をまぬがれ、現在は京成宗吾車両基地内にて展示保存されています。

カメラ新京成くぬぎ山車両基地内に保存されていた頃の100形のモーター付台車(平成2年ごろ)
o091203-02.jpgクリックで拡大!
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2009年07月15日

祝!京成電鉄100周年



ご存知のとおり京成電鉄が1909(明治42)年6月30日に京成電気軌道として発足してから先月30日で創立100周年を迎えました。

管理人が京成と関わってきたのはそのうちの半分にも遠く及ばないものの、幼少期から現在までにおける通学やショッピング、レジャーなどで頻繁に利用してきたり、以前にもお話したように他界した祖父が保線業務の従事者だったこともあって京成には並ならぬ愛着を感じているだけに、このたび100周年を迎えられたことはとても喜ばしく、おめでたいことだと思っている次第です。

しかしながら、京成100年の歴史は決して平坦なものではありませんでした。震災や戦争により甚大な被害を被ったのは京成のみならずどこの私鉄でも同じですが、京成の場合は高度経済成長期後の昭和50年代に入ってからさまざまな要因により財務状態が悪化し、深刻な経営危機に陥りました。そんな状態に輪をかけるように初代AEが焼き討ちに遭って消失したり、沿線各所の掘割部分で上から火のついたトラックを軌道に落とされるなど過激派による被害が後を絶たず、まさに散々たる時代が続きました。昭和50年代後半になると軌道の保守も疎かになり、線路は草ぼうぼうのままだったり、カーブでは脱線しそうなほど揺れる箇所もあったりする有様でした。また、車両の冷房化が遅々として進まないばかりか、合理化のためボディーを真っ赤に塗りたくってしまい悪評を買ったり、乗務員の著しい質の低下までもが感じられるなど、どんどん酷い状況になっていく京成を見るにつけ、ファンのひとりとしてとても悲しい気持ちになったりしたものです。

しかし、数々の経営再建策が実を結んだり、グループ会社のオリエンタルランドの好調も追い風になったことで、見事に経営危機を乗り切って再び優良企業の仲間入りを果たしました。そして100周年を迎えた今となっては数多くの先進技術を積極的に取り入れた新型スカイライナーの導入や、成田空港アクセス新ルートにおける在来線最高速度による運転が間もなくはじまろうとしていることなど、鉄道界で脚光を浴びる存在にまで成長したことは、本当に感無量な思いでいっぱいであります。

なお、余談ながら当方の祖父は明治41年11月生まれ、現在も生きていればちょうど100歳ということで、京成に勤め京成とともに歩んできた人生のような気がしてならず、その血筋を引いてる管理人は今後も死ぬまで京成を愛して止まないことでしょう。
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2009年06月25日

京成宗吾工場内の廃車体





つい最近まで気づきませんでしたが、引退後長らく宗吾工場内で倉庫として使われてきた京成210形、及び1600形の廃車体が、著しい腐食のため2006年7月に解体されてしまったようです。当ブログ昨年11月13日付の記事でもお伝えしたように、京成や大栄車輌では津田沼の時代から工場内にて廃車体を倉庫代わりに使用することが常だったものの、宗吾工場内に新たな倉庫を設置したこともあり、今後はもう引退後の車体が使用されることはないでしょう。
http://sstrain.seesaa.net/article/109599228.html
それでは、すでに本体の「鉄道の部屋」で掲載しているものですが、1990(平成2)年時点の廃車体の画像をもう一度。

TV京成210形モハ215・216
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TV京成1600形モハ1602アルミ車体
ksf1602br.jpgksf1602cr.jpgクリックで拡大!
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2008年12月11日

京成2軸貨車トム5006





京成が保有していた木造2軸無蓋貨車トム5006です。トム5000形は昭和22年10月と翌23年4月に当時の国鉄から購入した10両の貨車で、京成向けの改造が行われたり、5005・5010の2両は昭和26年にレール運搬用長物貨車チ5000形に改造されたりして、保線作業などに使われていました。昭和45年のトム5008から廃車がはじまり、5006は5002・5007とともに最後まで残っていましたが、昭和55年8月に3両とも廃車となりました。この画像は廃車になる前に津田沼第二工場内で留置されているところを撮影したものです。

カメラ京成トム5000形5006/昭和55年/津田沼第二工場
o081211-01.jpgクリックで拡大!
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2008年11月19日

京成イルミイベント





今年もまた、京成公津の杜駅・及び千葉中央駅にてイルミネーションイベントが開催されます。
公津の杜は今月22日(土)から12月31日(水)まで、千葉中央は今月21日(金)から来年の1月12日(月・祝)までとなっており、そのうち前者では点灯初日の22日にタレントの安田美沙子が1日駅長に任命され駅長の仕事を体験するほか、18時からの点灯式にも出演するとのことです。また、翌23日には千葉ロッテマリーンズの唐川投手が招かれ、トークショーやじゃんけん大会が開催されることになっています。
それ以外にも各種イベントが用意されていますので、詳しくは京成公式サイトをご覧ください!
京成公式PDF
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2008年11月13日

京成津田沼第二工場





昭和50年代後半まで、京成津田沼には10月30日の記事でお伝えした第一工場とともに2つの工場が存在し、第二の方は新京成新津田沼駅の北側、現在の「イオン津田沼SC」の場所にあったわけですが、そのうちここで公開するのはイオンの東端にある「さくら公園」や駐車場入口となっている付近を、昭和57年2月頃に撮影した画像です。
手前に止まっているのは晩年に行商専用車として使用されたモハ700形704号の廃車直後の車体で、クハ2200形2203号とともに最後まで青電色で活躍した車両です。そして、奥にはまだオリジナル塗色だった初代スカイライナーAE1形が止まっていますが、その手前に見えるのが、大正生まれのモハ33形の車体を昭和13年1月に鋼体化した300形の廃車体です。昭和30年4月の新京成の全線開通を機に京成から移籍された14m級の小型車両で、昭和40年代前半に行われた車体新製による更新で不要となった旧車体が、このように初期の新京成カラーのまま倉庫として長らく使われていました。
なお、画像をよく見ると、スカイライナーの奥にも倉庫として使用されていた2両の廃車体が確認できますが、単色に塗り直されてしまっており、オリジナル色ではないことがわかります。また、この2両の形式については残念ながら失念したものの、画像を見る限りでは右側は同じ300形ながら、左側は車体中央にも扉があることから別形式のような印象を受けます。
余談ながら、この画像の上側に正門とは別の門があり、車両の更新工事の際にはその門から総武線脇にあった大栄車両の工場まで、陸送により運んでいました。その大栄車輌があった場所は、現在「エクセル津田沼」というマンションがそびえ立っています。
さらに付け加えると、この当時の京成津田沼〜新津田沼間は、あくまでも京成の第二工場への引き込み線であり、そこへ新京成が乗り入れを行っているという形でした。従って線路や枕木などの軌道設備は非常にお粗末なもので、そのうえ急カーブの連続とあって車両が大げさに揺れ、最近の車両よりも長めだった吊革が網棚に繰り返しぶつかって、それはそれは凄まじい音をたてながら走行していたものです。それどころか、脱線事故もしばしば起こっていたという始末でした。今となってはとても考えられませんが・・・

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:京成津田沼第二工場があった場所の現在の様子。この交差点のちょうど角付近に車両陸送用の門があった。

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:第二工場と同じく昭和50年代後半まで大栄車輌の工場があった場所。現在は高層マンションとなっている。

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:参考までに津田沼2丁目にある現在の大栄車輌本社ビル。とはいってもその大部分が学習塾となっており、ビルの隣には「大栄駐車場」があるのみで、肝心な大栄車輌の事業所等はないとのこと。

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2008年10月30日

京成津田沼第一工場





今回は昭和50年代後半まで存在した京成津田沼第一工場、及び車庫の様子をご覧ください!
まず1枚目の白黒写真は昭和49年頃に撮影したもので、まだ駅ビル「サンロード」の姿がなく、車庫内には青電も見受けられます。2枚目は一応カラー写真ながら画質が悪いのが残念ですが、昭和55年頃に撮影したもので、すでにサンロードが存在しているほか、青電が見られなくなった代わりに、この当時の新鋭かつ最大勢力となっていた3500形が止まっているのがおわかりいただけるかと思います。
これから2年後ぐらいに宗吾に新工場が完成して、津田沼は第二工場と統合のうえ移転されることになって姿を消し、その後この場は「津田沼ハイライズ」というマンションが建設され現在に至るわけですが、今でも残っている駅寄りの2本の引き込み線が、かろうじて車庫だった頃の面影を残しているといったところでしょうか。。。

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:ほぼ定点位置からの現在の様子

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2007年07月26日

博物館動物園駅3





しあばらく間が空いてしまいましたが・・・(汗) 京成博物館動物園駅にて撮影した動画の第3弾です。
今回はホーム、及び上下ホームを結ぶ階段と通路の様子、そして例の有名なペンギンの壁画や時刻表をお送りします!
また、車内リニューアル前のAE100形の通過シーンもありますので、ぜひご覧ください(^^)
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2007年06月28日

京成宗吾車庫車窓動画2





前回の撮影からほぼ1ヶ月後に、今度はイブニングライナーの車内から宗吾車庫の様子を撮影した動画です。
肝心な3200形開運号編成は、ちょうど無架線地帯の手前に止まっていた北総9100形に阻まれ確認できませんでしたが、他の個人ブログなどによると4両中最後となった3298号の解体が間もなく終了するものと思われます。
いっぽうのモニ20形ですが、3月中に宗吾に回送されてきた直後から前回5月の動画撮影時まで保線基地に留置されていたのが、今回は仕立検査庫の手前に止まっていました。やはり他の個人ブログによると、一旦は解体中の開運号編成の隣まで行ったらしいのですが、普通だったらそれでそのまま解体されそうなものなのに、またこんな宗吾参道駅寄りにいるとは一体どういうことなのでしょうか?
ま、いずれにしてもそのうち解体が開始される運命にあるのは間違いないでしょうけど・・・
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2007年05月25日

京成宗吾車庫車窓動画





京成特急の車内から宗吾車庫の様子を撮影した動画です。無架線地帯の手前にめずらしく車両がなく、よく見える状態だったのは幸いでした(´∀`)
昨年度に廃車になった3200形のうち、両開き扉の最後の1両(3240?)が解体中、片開き扉の開運編成は4両ともまだ無事でしたが、間もなく解体作業が開始されてしまうのではないでしょうか。
いっぽう、モニ20形は若干色褪せた印象ではあったものの、廃車直後と同じく保線基地付近に留置されたままとなっており、いまだに無架線地帯送りになっていないことが意外でした。
どうせなら、赤電オリジナル色とモニを並べたツーショット撮影をして欲しいものですが、もう無理でしょうかね(・д・?)

京成3600形特急車内より/2007-05下旬/酒々井→宗吾参道
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2007年05月05日

京成開運号走行映像





2007年1月28日、開運号イベント当日に撮影された3295編成の走行動画がYouTubeにうpされていました。成田、大佐倉、谷津、お花茶屋、千住大橋の各駅にて撮影されたもので、自分ではビデオ撮影できなかっただけに、廃車となってしまった今になってこういった映像を見れるというのは救われる思いがします(^^;
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2007年03月06日

空港間相直開始初日動画1



1998(平成10)年11月18日の京成ダイヤ改正で、京急羽田空港〜成田空港間の直通運転が開始されましたが、その初日に京成線内へやってきた京急600形による(飛)特急を撮影したときの動画です。
撮影は京成津田沼〜大久保間で行い、ほんの一瞬ながら上り上野行の装飾された祝賀列車もご覧になれます!




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2007年02月20日

京成船橋高架前動画3・4



京成船橋付近下り線地上時代の車両走行動画の続きです。
今回は船橋駅海神側の線路際で撮影した3500形更新車、及び3300形の走行シーンです。ロングレールではなかったこともあり、ジョイント音も含めて騒音がわりと大きく感じられますが、今ではすっかり静かになったものと思われ、高架化により安全性の向上や渋滞の解消ばかりではなく、周辺住宅への騒音もかなり軽減されたことでしょう。

3500形3517以下8連特急/2006-10/京成船橋駅付近


:3300形3333以下6連普通/2006-10/京成船橋駅付近



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