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2017年04月21日

京成3500形雑感





当ブログでもこれまでに何度か取り上げてきたように、2016年度末をもって京成3500形未更新車が引退となりましたが、今回はその3500形について、管理人の思い出や雑感を述べてみようと思います。

1972年(昭和47年)に3500形が登場した際、それまでの青電や赤電といった京成車両とはまるで異なる見た目に、かなり斬新な印象を受けました。

とくにステンレスの車体や東急の車両のような前面スタイル、そして京成初の通勤冷房車であることや、枕バネが見えない車体直結式の空気バネ台車などに、当時まだ幼かった管理人でもかなりの新鮮さを感じたものです。

当方、営業運転が開始されたことを知ってからすぐにでも乗りたくなり、母と駅でしばらく待ってみたもののぜんぜん現れず、母が乗務員に尋ねてみてもわからないと言われ、渋々諦めるしかないという残念な思いをしたこともありました。

もっとも、登場当初の3500形のうち1972年中に竣工したのはトップナンバー編成の4連1本のみで、残りの1次車4連3本の竣工は翌年1月末のことだったので、最初の1ヶ月ほどはそう簡単に乗車チャンスに恵まれるものではありませんでしたが・・・

それから初めて乗車できたときのことは、どういうわけかほとんど憶えていません。

ただ、その後1973年4月末に増備された2次車の3517以降では、外部の側扉脇にある車番および社章プレートが青地から赤地へ、また車内の化粧板も淡い小豆色からベージュ系へと変わったことで、より新しい車両という印象が強くなりました。

ちなみに京成でベージュ系の内装は3500形2次車が初ではなく、1968年(昭和43年)に新製アルミ車体とされた1600形の前例があります。

そちらはベージュ系の内装色にグリーンのシートという組み合わせでした。

というわけで、登場当初はまだ幼かった管理人の目にとても斬新に映ったそんな3500形も、時間が経つに連れそれほど大した内容を持つ車両ではないという思いを抱くようになってしまったのです。

それはまず、走り装置関係が赤電と比べてなんの進歩もなかったからです。

3500形よりも少し前に登場した初代AE形は回生ブレーキ付の界磁チョッパ制御とされましたが、京成以外では有料特急専用車両にチョッパ制御というのはほとんど例がないことから考えても、通勤型車両で起動加速と停止を頻繁に繰り返す3500形こそ界磁チョッパにするべきだったと言えるでしょう。

3500形は全部で96両と数が多く、しかも長年に渡り使い続けているだけに、界磁チョッパにした場合の省エネ効果は積み重ねにより決して小さいものではなかったものと思われます。

ただ、京成本線を走っていたスカイライナーは曲線が多く加減速を繰り返すので、有料特急専用車両でも決して界磁チョッパが無駄になったということはなく、またその初代AE形の走り装置は3400形に活かされ、今でも現役であることを考えると十分すぎるほど有効利用されていると言えますが・・・

もちろん初代AE形、そして3500形のどちらも界磁チョッパにするのがもっとも理想的だったことは言うまでもありません。

3500形は都営浅草線に乗り入れる関係で抵抗制御にせざるを得なかったという記述も見かけますが、赤電と同じくツーハンドルのまま運転方式を変えずに界磁チョッパ化することも容易だったはずです。

3500形とほぼ同時期に登場した小田急9000形は当初から、京王6000系は初期の一部を除いて界磁チョッパ制御だったことからしても、3500形も単なる抵抗制御から進歩するべきだったと思えてなりません。

それから、3500形が登場したのは東急、京王、南海の各社でオールステンレス車がお目見えしてからおよそ10年後であることを考えると、セミステンレス車という点もまた進歩性がなかったと感じてしまいます。

さらに、先の小田急9000形や京王6000系では採用された側面の一段下降窓が3500形では非採用だったこともやや古臭い印象で、1973年の第13回ローレル賞では3500形もノミネートされながら結局は小田急9000形が選定される結果となりましたが、どう考えてもそういった他社の車両には太刀打ちできるわけがなかったとしか思えません。

ワンハンドルマスコンや全電気指令式ブレーキは除くとしても、3500形が10年後に登場した3600形並みの内容を持った車両として登場しても良かったのではないかとすら感じられます。

しかし、おそらく当時は界磁チョッパ制御やオールステンレス車体といったものがまだ高価だったことに加え、その頃の京成といえばいかにもお金がかかっていそうなAE形を揃えたり、成田空港への新線建設や上野駅の大改良工事などで出費がかさんでいた時期だったことも考えらるので、とても3500形にはお金をかける余裕がなく、できるだけ低コストで製造できる車両であることが重視されたのでしょう。

従って、当時の状況からしてさすがに冷房装置を持たないわけにはいかなかったものの、それ以外は必要最小限の装備に抑えられたことが考えられます。

まぁその時代といえば関東大手私鉄7社のうち界磁チョッパ制御の車両は東武、西武、京急にはまだなかっただけに、京成はAE形で採用したことだけでも立派というものですし、ステンレス車体にいたっては東急と京王でしか導入していなかったことを考えると、外板のみとはいえ現在では当たり前となっているステンレスを今から40年以上も前に3500形の車体に取り入れたというのは、むしろ進んでいたという見方もできるわけですが・・・

それにしても、3500形の更新工事が56両で打ち切られた後、残りの40両は早期に廃車されるものだとばかり思っていたというのに、ずいぶん長持ちさせたものです。

一部のオールステンレス車はまだいいとしても、一説によればセミステンレス車というものはステンレスと普通鋼という異金属間で電食が発生するため、鋼体部分の劣化がとくに激しいんだそうで、現に京成以外のセミステンレス車はもうあまり残っていません。

そんな中で、更新工事が行われなかった3500形のセミステンレス車が何も手を加えられないまま35年前後ほども長生きしたのは驚きで、鉄道界全体のセミステンレス車の中でもかなり長く使われた部類に属することでしょう。

同じくセミステンレス車だった千葉ニュータウン鉄道9000形が引退した今、京成グループに残るのは3500形更新車のみとなったわけで、更新工事からもだいぶ時間が経っていることを考えると、すでに鋼体部分は結構腐食が進んでいるものと思われますが、現在ではかなり貴重な存在にもなったセミステンレス車として、あとどの程度使われることになるのか気になるところです。

また、3500形未更新車の引退により、管理人がまだ子供だった頃からの原形を留めた京成の営業車両が、ついに姿を消してしまいました。

いろいろな思い出の詰まった車両がどんどんなくなってしまっていることが本当に寂しくてなりません。
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2017年04月07日

ワンハンドル車に統一





京成3500形更新車の都営浅草線、および京急線内への乗り入れは、2014年度末(2015年2月あたり)をもってすでに終了し、同時に北総線内にも入らなくなったものと思われます。

そして当ブログでも取り上げてきたように、千葉ニュータウン鉄道9000形が先月で引退したことにより、北総・都営・京急各線からツーハンドル車がついに消滅しました。

これによりその各線では乗務員の習熟運転において、ツーハンドルの操作方法を習得する必要がなくなったわけで、とくに事業用車まで改造して全車両のワンハンドル化をすでに達成している京急側としてはスッキリしたことでしょう。

また、都営浅草線も2006年11月の5200形の引退によりツーハンドル車が消滅しながら、他線からの直通車両によりなかなかワンハンドルに統一できずにいただけに、ここへきてようやくといった感じがするところですが、それにしても京成3600形の登場後しばらくはワンハンドルであるが故に浅草線内へ乗り入れられなかった時代があることを考えると、まったく隔世の感があるというものです。

個人的には昔ながらのツーハンドル車がどんどん数を減らしていることには若干の寂しさがあるものの、京成や新京成ではまだまだ安泰っぽいことが救いといったところでしょうか。
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2017年03月10日

改修中の京成3700形





当ブログでは2016年5月6日に「車内更新すらしない京成」と題した記事を更新しました。
当ブログ過去記事

その記事では触れなかったのですが、3700形については2011年度あたりより車内の改修が行われています。

しかしその内容はといえば室内灯のLED化や床の張り替え、側扉内部へのテープ貼付といったごく簡単な内容にとどまり、とても更新と言えるものではありません。

2016年11月に改修された3788編成では、以下の画像ように座席の袖仕切りを大型化し、6次車の3828編成以降と同様の車内見付となり、幾分リニューアルされた感のある綺麗な内装にはなったものの、それでもまだ物足りなさがあるというものです。

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この程度の変更ながら、ここへきて京成が改修を行ったということは、3700形をまだまだ長く使うつもりなのでしょう。

しかし、それならばせめて初期の1次車3本について、車椅子スペースの設置ぐらいは行うべきだったと思えてなりません。

改修工事を行ったにもかかわらずなおもバリアフリー化をせず、2次車以降と同一の仕様に揃えないというのは理解に苦しみます。

また、今後も廃車まで現状のGTO素子のVVVFのまま使い続けるというのでしょうか。

機器更新するのであれば現在がちょうどいい時期、あるいはむしろ遅い感もあるのですが・・・

もっとも、京成はめったに車両の機器更新をしない会社で、試験的なものを除けば、昭和40年代に吊り掛けだった210形をカルダン化して以降はちょっと思い当たらないだけに、3700形も現状のままなのかもしれません。

ただ、それでまだまだ長く使うとなると、VVVFの寿命が気になるところですが・・・

なお、以前にも触れたことがあるように、個人的には3000形があまり好きではないのに対し、3700形は名車だと思っているので、できるだけ長生きして欲しい車両であるとともに、数を減らしてもらいたくもありませんが、3月6日に8両の3035編成が営業運転を開始したのに伴い、3738編成が運用から外され、9808編成として千葉ニュータウン鉄道へ行くための準備が行われている最中のようで、またしても3700形の本数が減ってしまうことが残念なところです。

あと、改修の話とは無関係となりますが、昨年の11月にトップの3708編成のパンタグラフがシングルアーム化されました。

レッド ラインさんに画像をお送りいただいたので、最後にそちらをご覧ください。

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2017年02月24日

2016年度末の京成車両2





まず、前回の記事ですでに京成に入ってきていると述べた6両編成の3000形3034編成が2月16日(木)より営業運転を開始しました。(公式PDF

その一方で、ターボ君と呼ばれているVVVFの3600形3668編成が同じく2月16日朝方の運用を最後に動きが見られなくなっていましたが、23日から大方の予想通り中間の2両を抜いた4両編成となって復帰した模様です。

その2両とは1982年(昭和57年)製の1次車トップナンバー3601と3608で、先の3618編成の廃車により中間に組み込まれていた3606と3607もすでに消滅しているので、1次車は3658編成に組み込まれている3602と3603の2両を残すのみとなりました。

また、今回増備された6両の3034編成に対して、3601・3608、および2月26日をもって引退する3500形3588編成4両をプラスすると廃車数も6両と、ちょうど数が合うことにもなります。

なお、レッド ラインさんより廃車となった3601と3608の素晴らしい画像をさっそくお送りいただいたので、ご覧ください!

京成3600形3602-3601/京成津田沼引き上げ線/2015-12/画像提供:レッド ラインさん
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このように、今年度の京成車両の廃車は3600形10両であることがほぼ確定し、そのことからやはり京成が3600形を真っ先に淘汰したいと考えていることがわかろうというものでしょう。

そのほか今年度は8両編成の3035編成も増備されることになっており、すでに完成して甲種輸送も行われたようですが、それにより北総9000形9018編成の引退はほぼ間違いないものと思われます。

あとは記事タイトルとは関係がなく、かなり遅い話題となりますが、2015年度末をもって全廃となったAE100形の先頭車両161が宗吾にて保存されていることを不覚ながら今年に入ってから知りました。

AE168編成の引退直後に、1両だけ解体を免れているという話は聞いていたので期待はしていたのですが、なにしろAE100形の引退は短命だったこともあり非常に残念な出来事だったので、1両だけでも無事保存されたことを知り救われた思いがした次第です。

これにより宗吾での保存車両は200形・3000形・初代AE形・そして今回のAE100形と、全部で4両となりました。

一方、昨年末あたりに3000形3003編成の上野方ユニット3003-7のVVVFインバーター制御装置が、新京成ではすでにおなじみのSiC(炭化ケイ素)を用いたものに交換され、試験が行われています。

東洋電機製のSiC-VVVFは初とのことで、どれほど音が変わったのか興味深いものがありましたが、実際に聞いてみたところ通常の3000形と思ったほどは変わらず、知らなければ気づかないレベルだと言えるでしょう。

ここへきて京成がSiC-VVVFの試験を行ったのは、まもなく登場する新形式車両に搭載するためではないかと強く期待したいものですが・・・

2017-02-26追記:やはり2月24日に北総鉄道より9000形の引退記念ツアーを開催することが公式発表されました。(北総鉄道公式
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2017年02月10日

今年度末の京成車両の動き





年度末が近づき、今回もまた京成車両の動きがあわただしくなる季節がやってきました。

まずわかりきったことではありましたが、3500形未更新車で唯一残っていた3585-3588の4両が引退となることが1月31日に公式発表されています。(公式PDF)注:すでにツアーの申し込み受付は終了

個人的には京成が未更新車の廃車ごときでさよなら運転を行うとは考えていなかったので、かなり意外なことでした。

ちょうど1年前に行われたAE100形のさよならツアーが好評だったので、すっかり味をしめたとでもいうのでしょうか。

なんだかアイドルグループの卒業ビジネスに共通するものが感じられるところですが・・・(汗)

とにかく3500形未更新車3588編成は2月26日が運転最終日となります。

一方、2月7日より8両編成の3000形3033編成が営業運転を開始したことも公式発表されました。
公式PDF

それに伴い、3600形3618編成が廃車となった模様です。

その3618編成といえば、一時期芝山鉄道へリースされたことで印象深い編成となっていますが、3600形の中で初の除籍候補とされてしまいました。

当ブログ昨年5月20日の記事で、管理人が3500形未更新車の次に廃車候補になりそうな車両として3600形を挙げましたが、その通りになったと言えるでしょう。(当ブログ過去記事

今後は6連の3034編成もすでに京成内に入ってきているので、営業運転も間近ではないでしょうか。

さらに今年度はあともう1本、8両編成の3000形が増備されることになっています。

それにより、3700形あたりをまた北総にリースのうえ、同社の9000形が引退となる可能性が高そうなほか、京成の車両からもさらに廃車が出るのは間違いないことでしょう。

3600形VVVF車の中間にサハとして組み込まれている3601および3608が除かれるという見方が多いようで、それだと今年度の増備車両と除籍される車両数がちょうど合うことにもなりますが、果たしてどうなるでしょうか。

というわけで、廃車やリース車両がわかり次第、また当ブログで取り上げることにします。
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2016年07月01日

京成2100・210形の記憶





京成で1988年(昭和63年)まで活躍していた京成2100形2101〜2109(2000形2008含)および210形210〜219は、クハ2100形(2008)の中間にモハ210形2両を挟んだ4両固定編成でした。

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青電系列の流れをくむ車両でありながら、4両固定編成編成化される際に210形がカルダン駆動化改造を受け、高性能車となったことは周知の通りですが、モーターや制御系の音がきわめて静かで、その静粛性は赤電以上だった記憶があります。

ただ、おそらく先頭車である2100形の台車付近から発せられていた音かと思いますが、車輪のフラットとは明らかに異なる走行時の「ガガガガガ・・・」というような音が非常に耳障りで、せっかくの210形の静けさをスポイルしてしまっているような感じがしてなりませんでした。

一体それは何の音だったのか、いまだに謎のままです。

一方、ブレーキ装置についてはHSC化されず、自動空気ブレーキのままだったという点は青電系列の車両らしく、完全なる高性能車にはなりきれていなかったと言えるでしょう。

また、主電動機出力は赤電よりも大きい110kWだったものの、2M2Tのため起動加速度も吊り掛け車とあまり変わりなく、低加速度車向けに特別に組まれたダイヤ枠で運用されていたほどでした。

とはいえ京成津田沼〜京成幕張間の国鉄との並走区間で国鉄の車両に負けることはめったになく、時には運転手がムキになって100km以上出したのも目撃したことがあるので、高速域における性能はそれほど悪くはなかったと言えそうです。

1980年(昭和55年)より赤電が塗色変更された際、この2100・210形および2008も青電塗色とはおさらばしてファイアーオレンジとなり、赤電に酷似した見た目となったものの、性能的には廃車時まで変わることはなく、赤電よりも劣ったままでした。

1932年(昭和7年)に登場した210形は1967年(昭和42年)の更新により台枠のみ再用した以外は車体が新製され、下回りも高性能化によりほとんどが新しくされたことから、その時点で新車同様になったと言えますが、車籍上は1932年の登場に変わりなく、それが昭和末期まで55年以上も活躍していたとはずいぶん長持ちしたものだと思います。

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また、2000形2008も車体は全金属製に更新されたものながら、戦災国電の払い下げ車両であることを考えると相当な古さですが、同じ2000形の中には新京成に譲渡され平成に入ってからも使用された車両がありました。

個人的には前照灯の2灯化や貫通幌の撤去などによる近代的なスタイルと、古めかしい側面ベンチレーターの組み合わせという2008のミスマッチ感がたまらなかったものです。

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2016年05月06日

車内更新すらしない京成





大手私鉄クラスでは、古くなった車両に対して内外全般の更新工事、あるいは車内のリニューアル工事が当然のことのように行われていますが、京成では3500形の途中で更新工事が中止されて以降、特急車両のAE100形を除き、通勤車両についてはほとんど手を加えることがなく、登場時のまま放置され続けています。

まず3500形の未更新車は、更新工事が中止されたことにより早期に廃車になるものだとばかり思っていたのですが、これほど長く使うのであれば車椅子スペースの設置や、バケットシート化ぐらいは行うべきだったでしょう。

また、オールステンレスで長持ちするため今後もまだしばらくは運行が続けられそうな3600形は登場から30年以上が経過していますが、新製された時点ですら3500形とあまり変わらずとくに目新しさのない内装だったというのに、現在でもその登場時の30年前とほとんど同じままというのは、まったく驚きとしか言いようがありません。

今となってはもう遅いかも知れませんが、20年程度が経過した時点で化粧板や床敷物の張り替え、バケットシート化、袖仕切りや車椅子スペース、LED案内装置の設置などを行い、3000形と同レベルの内装にしてサービスの向上を図るべきでした。

個人的には現行の3600形みたいな昔懐かしいレトロな内装も決して嫌いではないものの、おもに本線の特急に充当される機会が多い車両で、多数の一般人にもよく利用されることを考えると、京成自体のイメージダウンにもつながりかねないと思います。

とにかく、更新工事を中止したからといって、車内にもまったく手を加えることがないというのは大手私鉄としていかがなものかと・・・

鉄道車両というものは更新工事を行わなければ通常20年、長くても30年以内には廃車して新しい車両に置き換えられるものですが、京成の場合は未更新のまま30年以上使用するケースが多いことを考えると、車内のリニューアルぐらいは行ってもらいたいものです。

なお、3500形更新車の内装についてはほぼ満足できるものの、LED案内装置が設置されなかったことだけが残念といったところでしょうか。

あと、現在では登場から20年以上が経過している3700形のリニューアルを行うべき時期になっていると言えますが、初期の1次車3本について、いつまで経っても車椅子スペースすら設置しないということからしても、京成がいかに手を加えないまま放置し続けているかがわかろうというものです。

他の大手私鉄であれば、その程度の改造なら直ちに行うことでしょう。

それから、これは車内に関することではありませんが、3600形の前面に排障器(スカート)を取り付けないことも理解に苦しみます。

2003年1月に発生した実籾付近の踏切事故では、スカートのない3300形だったので自動車の車体を前面下部に巻き込んで脱線し、遺体や自動車の車体を取り出すのにかなりの時間を要したため、それ以降すべての車両にスカートを取り付けるようになるのは間違いないと思っていたのですが、結局赤電や3500形未更新車、3600形に設置されることはなく、これは事故によって多大な労力と時間がかかったことがまったく教訓になっていないとしか言いようがありません。

事故に遭遇した3329は損傷が激しいため3330とともにそのまま廃車になってしまいましたが、スカートが付いた車両なら廃車を免れたかもしれず、負傷者がもっと少なくて済んだことも考えられ、そのうえ脱線することもなく軌道の損傷もあれほど激しくはならなかったことでしょう。

今からでも遅くはないので、まだまだ京成には多い踏切での万一の事故に備えて3600形にはスカートを取り付けるべきで、その結果残り1本となった3500形未更新車が廃車されれば、京成車両はスカート設置率100%を達成することにもなります。

現在の京成はかつてとは異なり業績が悪いわけではなく、そのくせ他の大手私鉄よりも高めの運賃を徴収していることを考えると、車両にほとんど手を加えないのは怠慢だとしか思えません。

少しは車両面でのサービス向上も考えてもらいたいものです。
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2016年03月11日

京成3576編成運行最終日





管理人は今年度で引退するAE100形ばかりに気を取られ、不覚にも3500形3592・3596編成に関しては何も行えないまま廃車になってしまったので、せめて3576編成だけでも記録に残したいという強い思いがあったのです。

ただ、京成では3月上旬に3000形3032編成の営業運転が開始されることになっており、すでに試運転が行われている情報もつかんでいた中、管理人が3月に入ってから体調を崩したりしていたので、3576編成もまた記録できないまま過ぎてしまいそうな気がしていたのですが、幸いにして3月6日にほぼ終日に渡り動いてくれたので、なんとか撮影と乗車を済ますことができました。

3032編成の営業運転開始が発表されたのはその翌日となる3月7日のことだったので、まさに運行最終日にギリギリで記録できたことになります。(京成公式PDF

以下、その最終日に千葉中央駅で撮影した3576編成の動画をご覧ください!



なお、今年度の京成で廃車となった車両の詳細については、後日あらためて取り上げる予定です。
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2016年02月26日

年度末の京成車両の動き





AE100形の引退ばかりがクローズアップされがちな今年度の京成ですが、公式サイトでも発表があったように、2月15日(月)より3000形3031編成が営業運転を開始しました。(公式PDF

6両編成の3000形の増備は2008年2月以来、実に8年ぶりのことで、6両編成としては初めてLEDの車内照明灯やUVカットガラス、LCDを装備した車両ということにもなりましたが、そのうちLCDについては従来の15インチから今回より17インチワイドに拡大された模様です。

そのほか細かい点では、3000形の側扉はこれまでJRのE231系などと共通の新しい印象を受けるものでしたが、3031編成では側扉窓の支持方式が3700形6次車以降と同様のタイプに戻ったのは意外なことで、それにより時代に逆行して若干古風な感じになったと言えるかもしれません。

以下の動画がわかりやすいことでしょう。



3月上旬には同じく6両編成の3032編成も導入されることになっています。

なお、この3000形6連2本12両の増備により代替で廃車となるのは、3500形未更新車4連3本12両で間違いないでしょう。

未更新車で残っているのは3576・3588・3592・3596の各編成4連4本ですが、そのうち3596編成が2月12日に、3592編成が15日にそれぞれ廃車となり、すでに宗吾で解体されているという話も見かけました。

さらに3032編成の営業運転開始により、3576編成がまもなく廃車される可能性が高そうで、そうなると未更新のままのセミステンレス車はすべて姿を消し、未更新で残るのはオールステンレスの3588編成のみということになります。

3588編成のほか、廃車された3596編成もオールステンレスだったと言われていますが、その3596編成は3500形の最終増備車でもっとも新しいにもかかわらず先に廃車となってしまいました。
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2016年02月12日

京成AE100形ついに引退





1月中土曜休日のシティーライナー臨時運転が終了した京成AE100形ですが、すでに京成より公式発表があったように、2月21日(日)と2月28日(日)の2日間限定で開催される 「さよならAE100形記念ツアー」をもって引退となることが確定となってしまいました。(京成公式PDF1

今年度で姿を消すことはあらかじめ予想していたものの、本当に残念でなりません。

さらにその後さよならツアーの際に引退記念HMを掲出することや、引退記念乗車券を発売することも発表されています。(京成公式PDF2

個人的には今回もさよならイベントには参加できそうにないばかりか、撮影等にすら行けそうもないので、1月中の臨時運転の際に最後の乗車と撮影を済ませてきました。

以下、そのときに撮影した走行動画となります。

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2015年12月18日

京成AE100形臨時運転





すでに当ブログでも取り上げたように、12月5日(土)に実施された京成線のダイヤ改正により、シティーライナーの定期運行が終了しました。

シティライナーは土曜休日1往復のみの運転だったため、11月29日(日)が定期運行の最終列車となったわけですが、もしかするともうAE100形には乗れなくなるかもしれないと考えた管理人は、その前日の28日(土)に上り列車で船橋から上野まで乗車してきたのです。

そうしたところ当方と同じ思いの人が意外にもかなり多く、前日であるにもかかわらずこれまででは考えられないほどの乗車率で、しかも車内を撮影するためか通路を行ったり来たりしている人が大勢いて、せっかくの有料特急であるにもかかわらずとても落ち着けた雰囲気ではありませんでした。

そればかりか車窓からも各所で撮り鉄を多数見かけたほか、終着の上野駅ホームでも大勢の人が殺到する始末で、4番線から発車する普通列車の運転手が電子ホーンではなく警笛を長く鳴らしたり、AE100が折り返しの回送として発車する際も駅員が白線からはみ出している撮り鉄を注意するため怒鳴ったりと、かなり混乱している様子だったとしか思えません。

あと船橋駅でAE100が到着するのを待っていた際、下り特急の運転手が撮り鉄に対してものすごい警笛の鳴らし方をしたりと、乗務員もかなり苛立っていたのでしょう。

そういった状況から、管理人はそれよりも1週間前にすればよかったと後悔させられました。

また、その後12月3日に公式より発表された年末年始のダイヤによれば、1月中の土曜休日ダイヤ実施日の合計12日間についても、AE100形で臨時のシティライナーを各日1往復運行するとのことで、それならばなおのことあんな混乱した状況のときにわざわざ乗りに行く必要はなかったとも思えます。

2016年に入ってからもAE100に乗れる機会を設けてくれたことはありがたいものの、もう少し早くそのことを発表していれば、きっとあれほどの混乱はなかったでしょう。

あるいは、あえて発表しないことでシティーライナーの乗車率を上げる狙いがあったとでもいうのでしょうか。

とにかく個人的にはAE100の廃車はもったいないと思えて仕方ないながら、1月中の運転で今度こそ最後となる可能性が高そうなだけに、もう1度乗りなおしに行こうかと考えているところです。(京成公式PDF

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2015年07月17日

京成1982年7月の記憶





今回は京成赤電の回顧を一旦お休みして、1982年(昭和57年)7月の京成について簡単に振り返ってみたいと思います。

その時期といえば、ちょうど京成におよそ10年ぶりの新車となる3600形が登場するところでした。

当時の管理人にとって、京成に新車が導入されるというのは、まるで自分のクルマが納車されるときと同じくらいの嬉しさで、乗車できる日が待ち遠しくて仕方なかったものです。

1982年の7月に入ってから、高砂付近を通りかかった際、車庫内にその3600形が止まっているのを目撃したため、待ち切れず10日になって現地へ確認しに行きました。

その際に撮影した画像が以下の2枚となります。





ちょうど当ブログで今現在取り上げている赤電3100形のうち、更新されたばかりの3121-3122と並べて留置されていました。

これを見てますます3600形に早く乗りたくなってしまったのは言うまでもありません。

その後ようやく乗車できたのは17日になってからでした。

すなわち、本日のちょうど33年前の日に、管理人は3600形に初めて乗車したことになります。

内外ともに3500形とあまり変わらず、機器類もほとんどが初代AE形ですでに採用されたものばかりだったため、さほど目新しさはありませんでしたが、身近に乗れる通勤車両で界磁チョッパや電気指令式ブレーキの音と乗り心地が体験できることや、京成初の一段下降窓などにより、かろうじて新形式車両であることを味わえたと言えるかもしれません。

なお、3600形とほぼ同時期に導入された3500形の最終編成である3593-3596は、3600形よりも一足先に営業運転が開始され、こちらにもよく乗車したことが思い出されます。

その3596編成も製造から33年が経過した今となっては廃車時期を迎えていますが、果たして今年度はどうなることでしょうか?

以下の画像は1982年6月に現在の千葉中央駅で撮影した営業運転開始直後の3596です。

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2015年04月24日

京成赤電WN・TD走行音





今回は京成赤電の走行音について、北総7260形で録音したものを公開しながら解説も行いたいと思います。

京成赤電は、各形式でWNドライブとTDカルダンという2種類の駆動方式が採用されていましたが、そのそれぞれの走行音はまったく異なります。

まず、WNドライブの車両は高速走行時に悲鳴をあげるのと、身体に痺れを感じるほどの振動が特徴的でした。

3500形のオリジナル車もWNドライブですが、赤電WNの悲鳴に似たような音は聞こえるものの飛躍的に静かになり、遠くから聞こえてくるような感じがします。

また、同じく3500形では痺れ感については皆無に等しくなっただけに、赤電WNは京成で悲鳴と痺れ感を同時に体感することができる最後の車両でした。

ちなみに京成以外のWN駆動で甲高い悲鳴をあげた車両として管理人が記憶しているのは東京メトロ東西線の5000系ですが、痺れ感はなかったと思います。

一方、痺れ感がとくに酷いと感じた車両は都営浅草線の5000形で、京成赤電でも金属バネ台車を履いた車両だと痺れ感がよりダイレクトに伝わってくるような印象を受けたものです。

ただ、都営5000形の場合悲鳴はあげなかったと記憶しているので、やはり京成赤電WNはその両方を味わうことができる貴重な車両だったと言えるでしょう。

悲鳴については録音したものを再生すればいつでも聞くことができますが、痺れ感は実際に乗車しないと体感することができないものです。

なお、同じくWN駆動の新京成8000形は、悲鳴はあげないもののVVVF化される以前は京成千葉線内での高速走行時に痺れ感を味わうことができる車両でしたが、VVVF化後はなかなか乗る機会に恵まれず確認できていません。

現在もまだ痺れを感じることができるのかどうか近いうちに確かめてみる必要があると思っているところです。

それでは、北総7260形のうち、WNドライブの7262で録音した走行音を公開します。

ちょうど2分ほど遅れていて、回復のためつねに最高速度を維持するような運転だったため、悲鳴と痺れ感を思う存分味わうことができました。

車輪のフラットが大きめに入ってしまっていますが、お聞きください!




一方、TDカルダンの車両は悲鳴をあげることなく、かなり静かな印象です。

また、痺れを感じる振動もないので、その分乗り心地も上だと言えるでしょう。

従ってWN車と同じ速度が出ているとはとても思えず、あまりスピード感がありません。

個人的には3190番台および3290番台の元特急車がすべてTDカルダンだったのも、そのことと決して無関係ではないような気がしています。

ただ、再期に乗車して哀愁めいたものを感じたのは、やはり悲鳴と痺れ感を味わうことができたWNドライブのほうでしたが・・・

それでは、北総7260形TDカルダン車の7268で録音した走行音を公開します。




というわけで、京成赤電は絶滅直前でも性能的な衰えがほとんど感じられず、その走りっぷりは見事なものでした。

とくに北総7260形は長年に渡り北総線や京急線内での高速運転によく耐えてきたものだとも思います。

ちなみに赤電の性能最高速度は110qとされていますが、当方は過去にメーターを振り切っているのを何度か目撃しているので、速度計が狂っていなければ120q以上は出ることになります。

3.5km/h/sという起動加速度も含めて、登場初年が昭和33年であることを考えると、本当に性能の高い車両だったと言えることでしょう。
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2015年03月02日

3300形引退イベント終了





2月28日に行われた京成3300形さよならイベントが終了しました。

管理人はやはり行けませんでしたが、赤電としてはかなり久しぶりとなる8両編成の特急運用で最後を飾れたのは良かったと思います。

また、3344の前照灯下の涙シールは京成らしからぬ演出で、なかなかホロッとさせられるものがありました。

しかし成田駅における混乱ぶりがヤフーのトップでもニュースになってしまったのはいただけません。

これはファンのマナーの問題だけではなく、京成側のイベントの開催の仕方によっても混乱が生じたことが考えられます。

今回のイベントで個人的な不満も含めて問題があったと思われる点を以下に挙げてみましょう。

まずはファイナルランが1日片道1本のみだったことです。

鉄道会社によっては最後の1ヶ月間ほどもさよなら運転を行うケースがあることを考えると、あまりにも少なすぎるとしか言いようがありません。

今回の場合、金属バネ車と空気バネ車の組み合わせになったことから、京成としてはあまり長く走らせたくない事情もあったと思いますが、1日限りだとしても最低でも午前と午後に1往復ずつの2往復ぐらいは運転してもらいたかったもので、それならばもっとより多くの人が乗車できたのに加え、沿線での撮影チャンスも広がったことでしょう。

そしてホームが手狭で一般の利用客も多い成田駅を最終の場としたこともどうかと思います。

成田でそのまま折り返し宗吾参道駅まで営業運転をして、車庫入りするときを最後とすれば今回のような混乱は避けられたのではないでしょうか。

もっと言うならば、車庫入り後に夕方ぐらいまで撮影会を行ってくれるならば、みんな好きなだけ記録に残せたはずです。

ちなみに当方がイベント当日の午後に宗吾検車区の脇を通りかかった際には、3300形が早くも解体線の近くに留置されている状態でした。

まぁすぐに解体されるとは限らず、しかも昨年度に廃車された3300形は渡瀬北で解体されているので、今回も宗吾だとは限りませんが・・・

とにかく、トータルで258両もが製造され、一時代の京成を代表する車両だった赤電の最後を飾るイベントであることを考えると、あまりにも物足りない印象だったとしか思えず、本当に残念でなりません。

あくまでも記事の内容が大げさすぎて、実際にはそれほど混乱はしていなかったという話も見かけますが、個人的にはこういったさよならイベントに人が殺到しそうなことはわかりきっていて、落ち着いて撮影したりできなさそうなことも、参加しなかった理由のひとつとなっています。

ただ、もっと時間的に余裕があるイベントならば、乗車したり撮影しておきたいという気持ちは強いので、京成には今後の引退イベントの際に、前記したようなことについてぜひ考慮してもらいたいものですが・・・

というわけで、赤電にはなんの思い入れもなさそうな子供達がイベント中大騒ぎしていたという話もあったりしますが、管理人のこれまでの人生の中でもっとも身近に接してきた数多くの思い出が尽きない鉄道車両が、それほど多くの輩に惜しまれつつ引退したということで、まぁ良しとしましょう。
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2015年02月27日

京成3300形最終日





当ブログで前回も取り上げた京成3300形さよならイベントの当日が近づいてきました。

管理人としては今年度中に3300形が廃車されるのは間違いないだろうと思っていたものの、3月中までは運転されると思っていたので、ちょっと早すぎるという印象が否めません。

すでに告知されているとおりイベント当日は3300形1次車と2次車を連結した8両編成で運転されます。

金属バネ車と空気バネ車の組み合わせは、新造時3300形2次車を金属バネに戻した理由にもなっているほど京成が嫌ってきた、それこそタブーとも言えることなので、かなりめずらしく貴重なものと言えるでしょう。

2次車3344編成の引退により京成車両から金属バネ車が消滅、そして関東大手私鉄の営業車両がこれでようやくすべて空気バネ車に統一されることになります。

赤電最後の花道にもかかわらずHMが掲出されるのみで、塗色の復元などが行われないのは残念ながら、8両での運転や、誰でも乗車可能な運用にしたことはよかったと言えるかもしれません。

都合により管理人はさよならイベントに参加できないと思いますが、とにかく何事もなく無事終了することを願うばかりです。

なお、次回の更新で引退となる3300形2本の画像と詳細について記述する予定です。

いっぽう、北総の7260形については25日の運用を最後に、その後走っている気配がありません。

3300形よりも一足先に引退となってしまったのでしょうか。

この7260形こそ3月末に3029編成が営業運転を開始するまでは大丈夫だと思っていただけに、すっかり油断していました。

もし引退が事実だとすれば、京成赤電グループは2月中にすべて再期を迎えることになってしまいます。
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2015年02月16日

京成赤電ついに絶滅





京成で最後まで残っていた3300形4連2本について、2月28日をもって引退との公式発表がありました。

今年度中に絶滅する可能性がきわめて高いことはすでに予想していましたが、昭和30年代から「赤電」として長年に渡り親しまれてきた京成車両がなくなってしまうというのはかなり大きな出来事と言えるでしょう。

個人的にも幼少時代から頻繁に乗車し、母親ともよく一緒に乗ったりしたいろんな思い出の多き車両なだけに、昨年の母の他界ほどではないにせよ、同じ年度中にまたしても多大なるショックを受けざるを得ない出来事が起きてしまったとしか言いようがありません。

なお、最終日となる2月28日にはさよならイベントが行われ、3300形4連2本を連結した8両編成の臨時特急「成田山号」が引退記念のヘッドマークを掲出して運行される模様です。

おそらくこのさよなら運転に備えてのものだと思われますが、1月17日には早くも8両による試運転が行われたとの情報も見かけました。

そのほかにも引退記念乗車券の発売や、3300形の部品がもらえたり宗吾車両基地での見学会に参加できるスタンプラリーも実施されるので、詳しくは公式サイトをご覧ください!(京成公式PDF

3300形はすでに定期運用を終了したという話もあるようで、それが事実だとすればもうさよならイベントでしか乗車できないことになりますが、この情報があくまでも虚偽であり、まだ動くことに期待したいものです。
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2015年02月13日

京成3030編成その後





当ブログ前回の記事で“憎き奴”として取り上げた京成3000形3030編成ですが、その後今月3日に総合車両製作所から宗吾車庫への自走回送が行われ、試運転を経て2月9日に営業運転が開始されました。

今回はそれらの動画のまとめです。

映画2月3日自走回送









映画営業運転開始後




なお、公式でも明らかにされているように今年度増備分2本目の3029編成は年度末ぎりぎりの3月下旬に営業運転が開始される模様です。
京成公式PDF
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2015年01月30日

赤電を絶滅させる憎き奴





京成の今年度増備車両として、3029編成と3030編成の8連2本が導入されることになっていますが、そのうちの日本車輌製造豊川製作所にて落成した3030編成の甲種輸送が、今月27〜28日にかけて行われた模様です。

従来の3000形との違いは、全ての窓ガラスがUVカットガラスになっていることですが、そんなものはJRの車両をはじめかなり以前からすでに採用済みの装備なので、とくに目新しくはないでしょう。

個人的には北総7260形も含めた京成赤電を絶滅へと追いやる可能性の高い3000形の導入はまったく好ましくないこととしか言いようがありません。

そのうえ3000形はもはや30本、似たような車両の3050形も含めると36本、京成グループの同類車両を含めると40本以上にもなるとはもう飽き飽きという印象で、ずいぶんとつまらない車両が増殖してしまったものです。

まぁ3300形や北総7260形に関してはだいぶお疲れのようなので廃車はやむを得ないという気もするところですが、もういい加減新型通勤車両を登場させてもいい時期に来ていると言えるでしょう。

以下、Youtubeに投稿された3030編成甲種輸送動画のまとめです。







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2014年11月07日

最期が近づく京成赤電





以前にも触れたように、今年度の京成3000形増備車両数と、北総7260形を含めた残存の京成赤電の車両数が16両でぴったり合うのですが、やはり赤電はついに全廃となってしまうのでしょうか。

その可能性がきわめて高そうに思えるのですが・・・

管理人がまだ幼かった頃から母親とも一緒によく乗車した、なにかと思い出の多い赤電の消滅は、母の他界ほどの悲しみはないとはいえ、それでもかなりショックな一大事であるとしか言いようがありません。

仮に今年度はなんとか生き残れたとしても、もうこの先あまり長くないのは間違いないことでしょう。

それにしても、まさか赤電よりも母のほうが先にいなくなってしまうとはまったくの想定外でしたが・・・

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2014年03月28日

京成2013年度廃車記録





年度末となりましたが、今月3日に京成3000形3028編成が営業運転を開始したのに伴い、その代替で3300形3328編成、および3348編成の4連2本が廃車となりました。

2012年度は3種のリバイバルカラーの3300形が引退となることもあり、公式サイトでそれぞれの編成の営業運転最終日までの運行ダイヤが掲載されたため祭り状態になったのもまだ記憶に新しいところですが、今年度は公式での予告もなかったため、事前に撮影等を行うこともできないまま、あまりにもあっけない幕切れとなってしまいました。

ただ、トップナンバーの3301を含む3304編成、そしてゾロ目の3333を含む3344編成が無事だったのはせめてもの救いといったところでしょうか。。。

しかし残る3300形はこの2本となり、京成赤電もますます危機的状況となってしまいました。

あと、3300形は製造年が古い1次車から廃車されるのを当然のことのように考えていましたが、北総にリースされた7260形を含めると、1次車4連4本中3本がいまだに生きながらえているのに対し、2次車がたったの4連1本のみになったというのは、検査期限の都合もありそうだとはいえかなり意外なことです。

個人的に今年度の廃車は北総7260形が有力だろうと見ていたのですが、関東で地下鉄に乗り入れる唯一の抵抗制御車で、なおかつ最古の車両が無事だったのもなによりだと思います。

また、京成の3344編成は、関東の大手私鉄にまだなお残る金属バネ台車を履く唯一の車両となりました。

以下、廃車となった3328編成と3348編成の記録と画像です。

★参考車両データ

京成3300形3327-3328

竣工:1970-12-01
※1970-12-26という説も有

冷房改造:1985-03-28

更新:1991-03-22

製造所:汽車会社

主電動機製造所:東洋電機

駆動方式:TDカルダン

台車:KS-131

在籍期間:約43年2ヶ月間

📷京成3328/2012-10-21/京成津田沼駅/画像提供:レッドラインさん
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📷京成3328以下4連/2013-11-02/京成津田沼駅
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★参考車両データ

京成3300形3349-3350

竣工:1971-09-08
※1971-10-07という説も有

冷房改造:1984-06-01

更新:1991-02-18

製造所:日本車輌

主電動機製造所:三菱電機

駆動方式:WNカルダン

台車:FS-329D

在籍期間:約42年5ヶ月間

📷京成3349/2012-10-21/京成津田沼駅/画像提供:レッドラインさん
クリックで拡大!



★参考車両データ

京成3300形3337-3338

竣工:1971-09-08
※1971-10-07という説も有

冷房改造:1986-03-31

更新:1990-08-28

製造所:東急車輌

主電動機製造所:三菱電機

駆動方式:WNカルダン

台車:FS-329D

在籍期間:約42年5ヶ月間

★参考車両データ

京成3300形3347-3348

竣工:1971-09-08
※1971-10-07という説も有

冷房改造:1984-06-01

更新:1990-11-16

製造所:日本車輌

主電動機製造所:三菱電機

駆動方式:WNカルダン

台車:FS-329D

在籍期間:約42年5ヶ月間

📷京成3348+3324/2013-03-16/柴又駅
o130220-04
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