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2019年04月19日

平成時代の京成車両





まもなく平成時代が終わろうとしていますが、そこで今回は平成30年間の京成車両の変遷について簡単に振り返ってみましょう。
なお、今回の記事ではあえて西暦の表記はせず、元号のみの表記とします。

まず、昭和63年3月までに2100形・210形・2000形が廃車されたことにより、青電と呼ばれる車両は昭和時代のうちに全廃となりました。
その後平成に入って最初に増備されたのは元年6月と7月に竣工した3600形3678・3688編成の6連2本で、3688編成は3600形の最終増備車となっています。
平成2年6月には有料特急専用車両のAE100形が登場し、平成5年5月までに8連7本が揃えられ、初代AE形が全車淘汰されました。

翌平成3年3月には3700形が登場し、それに伴い赤電と呼ばれる車両(3000形・3050形)から初の廃車が発生しました。
その後も3700形の増備はほぼ毎年行われ、途中で3800番台に突入したり、3828編成よりマイナーチェンジされたりしつつ、平成14年3月に新造された3868編成まで、11年間で8連15本、6連2本の計132両が新造されています。
それにより平成3年3月に全廃となった赤電の3000形に続き、3050形が7年3月、3100形が翌8年3月、3150形が13年5月にそれぞれ形式消滅となり、全部で6形式258両あった赤電は平成14年4月の時点で2形式142両にまで数を減らしました。

平成15年になると新形式となる2代目3000形が登場し、2月に営業運転を開始しました。
さらに平成22年7月17日の成田スカイアクセスの開業に伴い、160q運転に対応した有料特急専用車両2代目AE形が登場し、現在までのところ8連8本64両が活躍中です。
一方、AE100形については2代目AE形が新造されてもすぐに代替廃車とはならずに、新たな本線有料特急「シティライナー」として活躍することになったものの、徐々に本数が減らされていき、平成28年2月中にはついに全廃となりました。

3000形はその後成田スカイアクセス向けとされた3050番台も増備されたりして、平成31年3月1日に営業運転が開始された3042編成まで8連19本、6連29本の合計326両という大量導入となりました。
その3000形の増備により3200形が平成19年11月、3300形が平成27年3月に全廃となり赤電が消滅したほか、未更新のまま残っていた3500形が平成29年2月までに全車引退となっています。
さらに平成30年9月には3500形更新車からも4連1本の廃車が出たほか、3600形も淘汰が進行しており、そのうち3648編成は平成時代最後に京成で廃車された車両となりました。

以上をまとめてみると、平成時代の京成は特急型車両120両、通勤型車両470両の合計590両を新造したことになります。
それは平成初期の京成の全営業車両数となる438両を大きく上回り、現在の全営業車両数にさえ匹敵するほどの数といえ、京成は他の大手私鉄に比べ絶対的な車両数が多いとは言えないものの、それでもいかに多くの車両を増備してきたのかがわかろうというものでしょう。
その一方で、平成中に廃車となったのは特急型車両98両(うち保存車2両)、通勤型車両334両(うち保存車1両)の合計432両となり、2世代に渡る有料特急専用車両や258両もあった赤電全車がこの一時代に消滅したことを考えると、平成30年間の重みというものを強く感じずにはいられません。

なお、これは決して京成が狙ったということではなく単なる偶然だとは思いますが、ちょうど平成時代末に3000形の増備が終了し、新たな元号の令和元年に前回の記事で取り上げた新型車両の2代目3100形が登場することになったわけです。
個人的に期待以上の内容だった3100形の登場は楽しみなものの、それに伴って令和時代もまた従来の車両がどんどん置き換えられていくことになるのは間違いなく、管理人としてはその淋しさもあるだけに複雑な心境といったところでしょうか。

それでは今回が平成最後の記事となります。
令和時代に入ってからもまた当ブログをよろしくお願いします。
posted by SS at 23:50 | Comment(0) | 京成車両記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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