
今回は京成赤電3300形の更新工事や塗色変更などについて振り返ってみたいと思います。

3300形の更新工事は、1989年(平成元年)6月から1992年4月にかけて行われました。
工事の内容は基本的に3200形とほぼ同様でしたが、3300形は更新前に冷房化や行先種別幕の設置が行われていたため、3100形までの更新のように車体内外や機器類の若返りがメインでした。(イラスト1・2)
3200形更新車との外観上の相違点は、新しいものに交換された前面貫通扉の窓と種別幕ガラスの支持方式が黒色Hゴムから金具押さえ式になったことで、それにより若干近代的な印象を受けたものです。
また、1次車の3301と3304を除く3300形すべての先頭車で、京急線乗り入れ対策として前後台車が入れ替えられ、先頭台車が主電動機付となりました。
そのほか、電子警笛および抑圧ブレーキ装置の本格採用や、3300形全車が更新と同時だったかどうかは不明ながら自動扉選択開閉装置の設置が行われたことも3200形の更新工事と異なる点となっています。
なお、1次車については更新前の行先種別幕設置時にも前面の貫通扉が外側に出っ張りのある種別幕付のものに取り換えられていますが、更新工事により外側がフラットなタイプの貫通扉に再度交換され、更新前の種別幕付貫通扉は赤電の3050形に流用されました。
特筆すべきは1次車の3313-3316が更新と同時にクロスシート試験車とされたことでしょう。
以下、更新されたばかりの3315-3316の画像です。





残念ながらこの2両の画像しかありませんが、試験車というだけにシートのレイアウトは4両それぞれ異なっており、またクロスシートが設置された部分のスタンションポールは撤去されていました。
一方、2次車については3200形6M車3221〜3280と同じく更新により6両編成化され、3317・3321・3325・3332・3336・3340合計6両は乗務員室を撤去のうえ中間車となりました。
ただし3200形のように補助電源装置を静止型インバータ(SIV)にしたり、パンタグラフを集約したりといった大規模な4両ユニット化工事はなされず、相変わらず2両ユニットのまま単に上記車両の乗務員室を撤去しただけの6両組成にとどまっています。
また、更新前の2次車の特徴だった前面窓上の小さな手すりが撤去されたこともあり、更新後の1次車と2次車の外観上における差は台車を除き完全になくなったと言えるでしょう。
更新工事完了後の動きについては、まず1992年(平成4年)8月にまだ未対応だった1次車3301と3304先頭車の前後台車の入れ替えが行われました。
1993年(平成5年)8月からは他の赤電各形式同様グレー基調の塗色への変更が開始され、3319-3320・3321-3322を皮切りとして、およそ2年後となる1995年4月の3313-3316および3353-3356をもって完了しています。(イラスト3・4)
そのほか、3313-3316で試用されたクロスシートは結局不採用と決定され、1995年4月にロングシートに戻されましたが、今度は個別シート試験車となりました。
その際、クロスシート試用時に撤去されていた部分のスタンションポールが再び設置されています。
試用された淡いピンク色の個別シートと同様のものは、のちに3700形の一部や3500形更新車での採用に至ったものの、背もたれの凸凹が極端すぎることや材質が硬すぎること、さらに汚れが目立つことが難点でした。
そこで、2001年(平成13年)8月に同じく3313-3316を使って今度は紫系でもっと柔らかく座り心地のいいバケットシートが試用され、それと同様のものがその後の京成通勤車両の標準座席となっています。
なお、3313-3316にその紫系のバケットシートが採用された際、袖仕切りとそれに隣接して座席と同じモケット張りのアームレストも設置され、ロングシートとしてはかなりゆったりとした贅沢な印象でした。
また、それに伴いすべてのスタンションポールが撤去されています。
このように更新後の3313-3316は座席方式の試験車という印象が強かった同時に、京成赤電全体で座席定員が明確化されたシートや袖仕切りが設置されたのは、この編成が唯一でした。


そのほか、2001年3月には3300形全車の側面に京成グループマークの貼り付けが行われています。
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