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2015年03月02日

3300形引退イベント終了





2月28日に行われた京成3300形さよならイベントが終了しました。

管理人はやはり行けませんでしたが、赤電としてはかなり久しぶりとなる8両編成の特急運用で最後を飾れたのは良かったと思います。

また、3344の前照灯下の涙シールは京成らしからぬ演出で、なかなかホロッとさせられるものがありました。

しかし成田駅における混乱ぶりがヤフーのトップでもニュースになってしまったのはいただけません。

これはファンのマナーの問題だけではなく、京成側のイベントの開催の仕方によっても混乱が生じたことが考えられます。

今回のイベントで個人的な不満も含めて問題があったと思われる点を以下に挙げてみましょう。

まずはファイナルランが1日片道1本のみだったことです。

鉄道会社によっては最後の1ヶ月間ほどもさよなら運転を行うケースがあることを考えると、あまりにも少なすぎるとしか言いようがありません。

今回の場合、金属バネ車と空気バネ車の組み合わせになったことから、京成としてはあまり長く走らせたくない事情もあったと思いますが、1日限りだとしても最低でも午前と午後に1往復ずつの2往復ぐらいは運転してもらいたかったもので、それならばもっとより多くの人が乗車できたのに加え、沿線での撮影チャンスも広がったことでしょう。

そしてホームが手狭で一般の利用客も多い成田駅を最終の場としたこともどうかと思います。

成田でそのまま折り返し宗吾参道駅まで営業運転をして、車庫入りするときを最後とすれば今回のような混乱は避けられたのではないでしょうか。

もっと言うならば、車庫入り後に夕方ぐらいまで撮影会を行ってくれるならば、みんな好きなだけ記録に残せたはずです。

ちなみに当方がイベント当日の午後に宗吾検車区の脇を通りかかった際には、3300形が早くも解体線の近くに留置されている状態でした。

まぁすぐに解体されるとは限らず、しかも昨年度に廃車された3300形は渡瀬北で解体されているので、今回も宗吾だとは限りませんが・・・

とにかく、トータルで258両もが製造され、一時代の京成を代表する車両だった赤電の最後を飾るイベントであることを考えると、あまりにも物足りない印象だったとしか思えず、本当に残念でなりません。

あくまでも記事の内容が大げさすぎて、実際にはそれほど混乱はしていなかったという話も見かけますが、個人的にはこういったさよならイベントに人が殺到しそうなことはわかりきっていて、落ち着いて撮影したりできなさそうなことも、参加しなかった理由のひとつとなっています。

ただ、もっと時間的に余裕があるイベントならば、乗車したり撮影しておきたいという気持ちは強いので、京成には今後の引退イベントの際に、前記したようなことについてぜひ考慮してもらいたいものですが・・・

というわけで、赤電にはなんの思い入れもなさそうな子供達がイベント中大騒ぎしていたという話もあったりしますが、管理人のこれまでの人生の中でもっとも身近に接してきた数多くの思い出が尽きない鉄道車両が、それほど多くの輩に惜しまれつつ引退したということで、まぁ良しとしましょう。
posted by SS at 00:00 | Comment(0) | TrackBack(0) | 京成車両関連 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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