当ブログ内のすべてのテキストや画像等の無断転載を禁止します。
また、管理人はできるだけ正確な情報を記すよう心がけてはおりますが、
中には間違っている部分もあるかもしれませんので、予めご了承ください。

2009年12月03日

京成100形の記憶





京成100形は京成旧型車の中でも比較的早期に全車両が新京成へ譲渡されたこともあり、管理人は世代的に京成線内で100形に乗車した記憶はまったくありません。従って乗車したのは言うまでもなく新京成への譲渡後ということになりますが、そのうち全金属製の更新車についてはいつも何気なく乗っていたためか記憶が薄いというのが正直なところです。
ただ、100形更新車の最大の特徴といえる左右非対称配置による車内の異様な雰囲気、新京成での特別修繕を受ける前は運転台部分のみが窓も何もない壁で覆われ、車掌台側はごく簡単なパイプ仕切りのみだったこと、16メートル車ということで車内がせせこましい印象で、なおかつ車輪の発するジョイント音のリズムが200形などの17メートル車とも微妙に異なっていたことなどは覚えています。また、外観上は2000形更新車とともに当時の営団地下鉄丸の内線の車両にヒントを得た側面ベンチレーターが採用され、屋根上がのっぺらぼうなのがきわめて特徴的でした。

カメラ新津田沼駅で旧塗色時代の8000形1次車と並ぶ100形124(昭和54年ごろ)
o091203-01.jpgクリックで拡大!

一方、京成における初期の更新車4両は半鋼製車体のままとされ、そのうちの1両が100形全金車や他系列の中間に挟まれてたりすると一見して古臭い車両だと感じられたものですが、この半鋼製車に乗ったときの印象は比較的鮮明に覚えています。何といっても床が木製でまるでバスのようだったことがもっとも印象深く、シートはその後の赤電などに比べると硬めで、座面が若干高めだった記憶があります。また、吊り掛け駆動の旧型車ながら非常に軽快な走りっぷりで、ジョイント音もかなり耳に心地いいものでした。

なお、この半鋼製車体の更新車のうち104号は唯一シルヘッダー付でとくに古臭い形態をしており、京成時代に三度も焼損災害に遭遇しては復旧を繰り返したという、京成の歴史を語る上でも重要な車両だっただけに、昭和54年に他の半鋼製車3両とともにあっさりと廃車解体されてしまい、保存されなかったのは今でもとても悔やまれるところです。しかし、全金属製更新車の方は新京成での延命工事のおかげもあって昭和62年まで活躍することができ、大正15年から60年以上に渡り走り続けた功績は見事だったというほかありません。また、かろうじて1台の台車が廃棄をまぬがれ、現在は京成宗吾車両基地内にて展示保存されています。

カメラ新京成くぬぎ山車両基地内に保存されていた頃の100形のモーター付台車(平成2年ごろ)
o091203-02.jpgクリックで拡大!
posted by SS at 00:00 | Comment(0) | TrackBack(0) | 京成関連記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。

この記事へのトラックバック