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2009年07月15日

祝!京成電鉄100周年



ご存知のとおり京成電鉄が1909(明治42)年6月30日に京成電気軌道として発足してから先月30日で創立100周年を迎えました。

管理人が京成と関わってきたのはそのうちの半分にも遠く及ばないものの、幼少期から現在までにおける通学やショッピング、レジャーなどで頻繁に利用してきたり、以前にもお話したように他界した祖父が保線業務の従事者だったこともあって京成には並ならぬ愛着を感じているだけに、このたび100周年を迎えられたことはとても喜ばしく、おめでたいことだと思っている次第です。

しかしながら、京成100年の歴史は決して平坦なものではありませんでした。震災や戦争により甚大な被害を被ったのは京成のみならずどこの私鉄でも同じですが、京成の場合は高度経済成長期後の昭和50年代に入ってからさまざまな要因により財務状態が悪化し、深刻な経営危機に陥りました。そんな状態に輪をかけるように初代AEが焼き討ちに遭って消失したり、沿線各所の掘割部分で上から火のついたトラックを軌道に落とされるなど過激派による被害が後を絶たず、まさに散々たる時代が続きました。昭和50年代後半になると軌道の保守も疎かになり、線路は草ぼうぼうのままだったり、カーブでは脱線しそうなほど揺れる箇所もあったりする有様でした。また、車両の冷房化が遅々として進まないばかりか、合理化のためボディーを真っ赤に塗りたくってしまい悪評を買ったり、乗務員の著しい質の低下までもが感じられるなど、どんどん酷い状況になっていく京成を見るにつけ、ファンのひとりとしてとても悲しい気持ちになったりしたものです。

しかし、数々の経営再建策が実を結んだり、グループ会社のオリエンタルランドの好調も追い風になったことで、見事に経営危機を乗り切って再び優良企業の仲間入りを果たしました。そして100周年を迎えた今となっては数多くの先進技術を積極的に取り入れた新型スカイライナーの導入や、成田空港アクセス新ルートにおける在来線最高速度による運転が間もなくはじまろうとしていることなど、鉄道界で脚光を浴びる存在にまで成長したことは、本当に感無量な思いでいっぱいであります。

なお、余談ながら当方の祖父は明治41年11月生まれ、現在も生きていればちょうど100歳ということで、京成に勤め京成とともに歩んできた人生のような気がしてならず、その血筋を引いてる管理人は今後も死ぬまで京成を愛して止まないことでしょう。
posted by SS at 00:00 | Comment(0) | TrackBack(0) | 京成関連記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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